NHK大河ドラマ麒麟がくるの最終回が終わって、少し光秀ロスな感じです。
さて、明智光秀は謎大き半生をおくって他ので、ドラマではいろんな描かれ方をされますね。
そこでちょっと調べてみました。
もしかして、豊橋に関係する事ないだろうかと、、、
そしてその結論、
明智光秀と豊橋は深い関係はない。
という事です。
しかし、ドラマでは斉藤堂さんが長良川の戦いで敗れた後に放浪の旅に出かけているので、もしかしたらこんなことがあったかもを以下妄想してみたいと思います。
⒈豊川稲荷に参拝
全国3大稲荷と言われている愛知県豊川市の豊川稲荷。
ここは曹洞宗のお寺なんですけど、境内には鳥居もあって、みんなそこに向かって参拝に向かっています。
放浪の旅の途中、尾張の織田信長→駿河の今川義元見学をしている可能性も捨てきれない中、道中の豊川稲荷に酔っていてもおかしくありません。
豊川市というのは、豊橋市のお隣の街。
同じ生活圏内です。
今なら電車で豊橋駅から飯田線に乗り換えて行くということができますね。
名古屋方面の方は名鉄本線で国府(こう)駅で乗り換えて行くという行き方になるでしょう。
境内は広く、ちょっとしたテーマパークのようです。
豊川稲荷へ。
— 中村弘和@ブラックな公務員 (@nakachannel104) January 11, 2021
マッチョなキツネ。
どれだけ筋トレしたのかな?
それから、大黒天さまを触ることはできなんだ。 pic.twitter.com/nzO8BNbpDa
今川義元が今の場所に変えたらしいので、時代もマッチングしています。
そしたら、豊川稲荷からの先の旅路で吉田(豊橋)にも寄ってゴソゴソしていたなら、何をしていたのかなって想像したら面白いですね。
今なら豊橋カレーうどんでも食べるでしょう。
⒉浜名湖へ行ってみたくて
やっぱりこれも参拝系になってしまうのですが、浜名湖の弁天島という、やっぱり鳥居のある場所があります。
浜名湖周辺から西の渥美半島まで太平洋側に砂浜が広がります。
もしかして、光秀が浜名湖まで行くのに豊橋の表浜海岸の砂浜をキャッキャと走り回っていたら面白いですね。
NHK朝の連続テレビ小説『エール』でも表浜海岸で主人公とヒロインが走ってる場面が何度も流されていました。
それくらい若い子ならあの海岸を見たらキャッキャと走り回らずにはいられないのです。
朝ドラエールのオープニングで走ってる浜ね。
— 中村弘和@ブラックな公務員 (@nakachannel104) November 15, 2020
砂鉄採取してきたよ。
それから、打ち上げられたフグね。 pic.twitter.com/jMA2ChaDQ5
もしかしたら、ヒラメを釣り上げてる漁師を見かけてものすごく興奮していたかもしれない。
⒊シンプルにお城めぐり
やはり戦国時代。
全国各地のお城を確認するだけで、いろんな戦術が思い浮かぶと事でしょう。
その中でも東海道の屈指の交通の要衝である今橋城(現在の吉田城)は確認されたい。
西側からの攻め入りに関しては豊川(とよがわ)の天然のお堀があるため、かなり厳しい事になります。
もし将来、光秀が攻め込むとするならばかなり苦労したのではないかと思います。実際には近畿方面の担当でしたね。
ちなみに、光秀の少し後の池田輝政時代の石垣が最近発見されましたね。
池田輝政が城主時代の石垣が出てきたもんで、みんな見れるに👍#豊橋 #吉田城 pic.twitter.com/Z3cF9HCqsp
— 中村弘和@ブラックな公務員 (@nakachannel104) December 4, 2020
⒋まとめ
謎の多い人ほど、後のいろんな脚色の中の想像でキャラが作られていきます。
特に江戸時代から前。徳川家康が江戸幕府を開くより前なんて、後付けで作りたい放題だったと推測する事もできますね。
のちに豊臣秀吉が作ったとされる、「惟任退治日記」だっけ?は秀吉が光秀を討つまでのお話なんだけど、いかに秀吉が神がかり的な事をしたのかがあるわけです。
当時のお久家さんの日記なんかが一番重要な資料なんだろうなぁ。
明智光秀は斎藤道三が破れてから、朝倉家に居候する頃までの10年くらいは本当に謎です。
※もっというと生まれてから斎藤道三が敗れるまでも謎が多いか。
振り返ってみれば10年なんてあっという間でしょうが、この10年はどんな風にしていたのかなと想像するのも楽しいですね。
もしかしたらあなたの住んでいる地域にも明智光秀の足跡があったかもしれませんね。